動物実験に対する『消極的な』反対の立場を様相命題論理で分析する

科学技術をよく考える』ユニット9「動物実験の是非」に対して,学生に意見を求める課題を出すと,しばしば散見される答えが「動物に対して権利を認めるのは難しいが,動物実験には反対である」というものである。

ユニット9の動物実験賛成派と動物実験反対派は,共に「動物の権利の有無」を前提条件として,主張を構築している。二者の主張は,様相命題論理で書き直すことができる。記法として次のように定めよう。

記号 意味内容
~でない(否定)
かつ(連言)
ならば(実質含意)
~すべきだ(義務)
~してもよい(許可)
A 動物に権利がある
B 動物実験をする

すると,動物実験賛成派タクミの主張とは「¬Aが真,¬A⇒◇Bが真であるので◇Bが真」であり,動物実験反対派アスカの主張とは「Aが真,A⇒¬◇Bが真であるので¬◇Bが真」である。両者は共に,「動物実験してもよい/してはならない」ことに対する前提条件として,動物の権利の有無を論じているからである。

では,学生が陥りがちな消極的な否定とはどう書けるだろうか。これは「¬A&¬◇B」であると考えられる。これは論理的には動物実験賛成派タクミが用いている前提「¬A⇒◇B」の否定である。

ユニット9はタイトルこそ「動物実験の是非」であるが,実際の所は「動物の権利を認めるか否か」つまりAであるか¬Aであるかが議論の本質である。「¬A⇒◇B」「A⇒¬◇B」の二つの命題が真であることそれ自体については,おそらく賛成派も反対派も同意するのではないかと思われる。

これに対して,議論の論理学的な構造に注意を払ってないであろう学生たちが,動物実験賛成派の前提の内に含まれる命題の「論理的な否定」である「¬A&¬◇B」を作り出すというのが,私にとっては非常に興味深く,できれば授業中に学生に話したかったのだが,授業時間の制約から,学生に理解できるように話すことが極めて難しいため,インターネットで公表することを選んだ。

(2019.9.24追記)
この記事の表題にある消極的という表現を二重かぎ括弧でくくった。「¬A&¬◇B」は,動物の権利を認めるか否かという立場においては,むしろ動物実験賛成派タクミよりも強硬に反対している立場である(¬A⇒◇Bを完全に否定している)ことに遅ればせながら気がついたからである。にもかかわらず,消極的という表現を残したのは,日本語の表現として「動物の権利は認めないけれども,動物実験には反対だ」という言明は,動物の権利に対しては留保的な態度を取っているとも解釈可能だからである。その場合は,「¬A&¬◇B」という形式化は間違っていることになる。(このような態度の留保はAと¬Aの選言で表現されるのだろうか)

(2020.6.20追記)
2020年度前期授業がちょうど動物実験の節に入ったところなので再読した。

「¬A&¬◇B」は,動物の権利を認めるか否かという立場においては,むしろ動物実験賛成派タクミよりも強硬に反対している立場である(¬A⇒◇Bを完全に否定している)ことに遅ればせながら気がついたからである。

この説明はおかしい。

動物実験賛成派のタクミは,「¬A⇒◇Bが真」「A⇒¬◇Bが真」であることは認めているものの,「Aが偽」だから「¬A⇒◇Bが真」であることによって「◇Bが真」を導き出している。

ところが,『消極的な』反対派は,「¬A⇒◇Bが偽(¬A&¬◇Bが真)」だから「¬◇Bが真」と「¬Aが真」を導いている。

こうやって書き下して,ようやく気づいた。『消極的な』反対派の立場は,賛成派と反対派が前提として認めている動物の権利と動物実験の含意関係を疑っている。……というのは散々に書いてあるにもかかわらず,私の頭が「¬A⇒◇Bは真のはずである」と凝り固まっていた。また,推論としても,A&Bを認めてしまい,だからAでもあるし,Bでもあるのだ,と述べる方が簡単である。